お知らせ
2021年3月2日
当たり前
前の職場で、当時96歳の患者さんがいた。
当初は僕の担当ではなかったので、その方とはそこまでお話ししたことなかったのだが、たまたま僕が施術に入った際に
『僕には、80年前から許嫁がいて、それが今の奥さんなんだけど』
と全く淀みのない言葉でお話ししてくださったので
『あー当時は生まれるずいぶん前から結婚相手が決まっていたんだな』と思っていた。
そのくらいに見た目が若い。
70代前半だと言われてもお世辞とか冗談抜きに『えーお若いですねー』と言ってしまうだろう。
たまに見た目に自信のあるだろう方から『私、何歳に見えますか?』などと質問されることがある。
僕も大人なので、その人の見た目をどう感じようが、こういう場合の“ちょうどいい塩梅”の年齢を答えたりするのだが、正直な話この患者さんを見た後は、どんなにお若い見た目の方の実年齢を聞いても驚かなくなってしまった。
そんな患者さんをちょくちょく担当するようになったある日のこと。
施術に入る前にお身体のバランスを確認していたら
『それは何をやってるんですか?』
とのご質問があった。
『肩の高さを確認したり、お身体のバランスを診ています』
とお答えしたら
『それをやってくれるのは、あなただけです。いつもありがとう』
と言ってくださった。
今だから言えるが、この当時、患者さんのバランスをしっかり診ることが出来ていたわけではない。
『今はわからないかもしれないけれど、とりあえず毎回確認しろ。』
施術の練習に付き合ってくださった院長にそう言われたことがある。
わからないのにどうしてやる必要があるのだろうか。
院長の指導に半信半疑になりながらも、ひたすらそれに従った。
当時、新人に毛が生えた程度の経験しかなく、毎日毎日『これで大丈夫だろうか』と不安な日々を過ごしていた。
施術には入るけどこれが正解かわからない。
前回と同じようにやったのに効果が出ない。
この仕事向いてないんじゃないか、そう思っていた矢先、この言葉を言われた。
それ以来、僕は何度その方を身体を施術していたとしても、必ずその日のバランスをしっかり診るように心がけた。
もちろん治療家として当たり前のことではあるのだけれども、その当たり前を毎回“意識”して行ってきたことで、あれから数年経った今でもこの仕事でご飯を食べることが出来ているのだと思っている。
そんな当たり前を教えてくださった患者さんも、お元気であれば100歳をゆうに超えていらっしゃる。
覚えていらっしゃらないかもしれないが、またお会いする機会があれば、ぜひこの時のことをお話ししたい。
その後、少し経って、まだまだ拙い部分もあるがちょっとだけ自信が持てるようになったある時
ふと、その患者さんが
『今までこんなことなかったんだけど最近、老いを感じるようになってしまって』
とおっしゃったことがある。
この当時97歳。
この時、改めて当たり前とは何かを考えさせられる一言をいただいた気がした。